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ドルトレヒトの新星が五輪代表の救世主となるポテンシャリティ 第三話/全六話)



ブリュッセルからドルトレヒトへ



 これまで幾度となく通り過ぎたドルトレヒト駅のプラットホームに初めて降り立つ。パリ同時テロ事件の容疑者捜索で異常な警戒態勢を敷かれたベルギーの首都からアムステルダムはICでも三時間あれば着く。途中メヘレンのホームスダディオン、AFASの黒い外壁を車窓から眺める。


AFASスタディオン(メヘレン)
AFASスタディオン(メヘレン)


 ゲンクの鈴木隆行、リールセの川島永嗣と続き現在は小野裕二がプレーするベルギー。その先駆者は、1994年ジュビロ磐田時代にロベルト・ファルカンが代表にも招集した遠藤雅大(昌浩)。財政難での三部降格から一部復帰まで紆余曲折を経験したクラブだけに彼が在籍した当時の面影は薄い。


 国境を越えるとまずローゼンダールに停車。この駅はブレダへの乗り換えで幾度か降りている。



ローゼンダール駅
ローゼンダール駅


 そしてドルトレヒト、ロッテルダムと順番に止まり蘭国空の玄関口アムステルダム・スキポール空港駅を過ぎれば終点の中央駅に。

 ドルトレヒト駅からバスで二区間なので充分歩ける距離。煉瓦造りの民家を横目に歩を進めると林の中から突き抜ける照明塔が、その位置を示してくれている。


 セカンドチームが練習中。邪魔にならぬよう人工芝のピッチサイドを控えめに恒例のお散歩をしながら思索にふける。



郷愁漂うエクセルシオールのエンブレム



 欧州のスタジアムを訪れた折、ピッチの脇を歩き芝の感触を確かめるようになったのはロッテルダムにあるエクセシオールのヴォウデステイン・スタディオンから。かつて小倉隆史が身に纏った赤黒縦縞にAKAIのロゴ。そして何故か右胸ではなく左胸に縫い付けられていたあのエンブレムを見上げ感慨にふける。この日公式戦はなく子供を対象にした地域貢献イベントが催されており取材をしているとある事に気づいた。スタンドから観ている時には意識していなかったが踏み締めたのは人口芝。太陽光を反射し銀色の光沢を放つタイプとは異なり深い緑色で視覚的にも区別がつき難い。近年技術革新が目覚ましく維持コスト面を考えても、ローカルクラブからもてはやされており、欧州ではさほど珍しくない。

【ロッテルダム・ヴォウデステイン・スタディオン】
【ロッテルダム・ヴォウデステイン・スタディオン】


 南野拓実が所属するアルプスの麓レッドブル・ザルツブルグのアリーナは、宮本恒靖とアレックスがプレーしていた当時から話題になっていた。田中亜土夢とマイク・ハーフナー(現ADO)のヘルシンキも北欧寒冷地とあって人口芝を採用。




【HJKヘルシンキのホーム ソネラ・スタジアム】




 日本人プレーヤーの本拠地に多いのは単なる偶然か。そのフィンランド訪問時はまだマイクも在籍していた為計三人の日本人フットボーラーが存在する事を知らされ早速キーボードを叩く。豪州を皮切りにリトアニアやドイツを転戦した変わり種、脇野隼人(1993年4月生)が三部のアトランティス・ヘルシンキで今季はプレーしていた。春秋制の同国シーズンは既に終了し帰国しているようだが来季以降の動向にも注目している。


プレス席で「日本人の方ですね。」声をかけられたので間髪を容れず「中田徹さんですよね」と興奮を隠せずに初対面の挨拶を交わす。この日ドルトレヒトに足を運んだ理由は、ファン・ウェルメスケルケン・際がまたもや日本人対決を迎えたからだ。但し今回も相手は、ピッチの中には存在しない。試合前にプレス室で配られたスタメン表には見紛うことのない日本人名のスペルが印字されていた。デン・ボスのフィジオセラピスト(理学療法士)中田貴央の名前が。

 フィジオセラピトという単語を初めて目にしたのも1995年。前年度戦線離脱する負傷者(当時は週二回のリーグ戦開催)続出に頭を悩ませたジュビロ磐田はフィジオセラピストの採用を決定。
何?誰?・・・ちなみに初年度、メディカル面のトレーナーは在籍しておらずオフト自身が兼任していたと記憶する。それにしてもトレーナー=監督、アシスタントトレーナー三名の次にフィジオセラピストTakahiro Nakadaと記され、更に三名のオランダ人スタッフ名。如何にフィジオセラピストが要職であるかを物語る一枚。



 冬場の欧州、カフェやレストランのテラス席に屋外暖房は当たり前。絵画から抜け出したようなパリのガス暖房は風情を感じる。このスタジアムにも暖房が設置されており、(写真上部に点在するオレンジ色の部分がヒーター)撮影した。



 中央黒いジャージに黒髪が中田貴央。そしてオランダらしいデザインの丑と辰のエンブレムが並ぶツーショット。ちなみに来年の干支は猿。



 2013/14ユトレヒト南隣のアマチュアクラブ、VSVヴィールスデイクを経て今季からデンボスに。ヤマハ発動機スポーツ振興財団の奨学金で渡蘭した彼がヤマハFCジュビロ磐田で長くフィフィジオセラピストで務めたマルコ・ファンデル・ステーンの基で仕事をしていると聞いて運命めいたものを感じる。

 そもそもドルトレヒトとデンボスに日本人が在籍している事を教えてくれた情報源は愛読する中田徹氏の記事。筆者が知る限りアムステルダム在住の中田徹氏はオランダ・ベルギーのフットボール事情に最も精通した日本人ジャーナリストとして一目も二目も置く存在である。



 試合前のウォームアップ。リラックスしてボールまわし。欧州でのプレーを選択した日本人は足元の巧みなボール捌きにおいて現地の選手に概ね勝るが、この試合前の軽い動きの時点で視る者には伝わる。陽は沈みピッチを囲む紅葉さえも照明にライトアップされるスタディオンに20:00をまわったところでレフェリー、リヒャルド・マルティンスのホイッスルが鳴り響いた。

ポーランド三部のリオ五輪世代


 ドルトレヒトーデンボス戦を熱視する前に時計の針を二年程戻す。12月9日ポーランド第二の都市クラクフ滞在を想起させるクラコヴィア・クラクフとザグウェンビェ・ルビン戦のチケットと、翌早朝ベルリン行きの搭乗券。



 このクラコヴィアのセカンドチームに日本人が所属しているらしい。調べたところ2012年18歳でテスト入団しているが在籍は2013年の春まで。契約は更新されていない。

 キムラ・ダイジ。彼も際と同年齢の1994年生まれ。身長180cmのストライカーは二部リーグのカリシェに移籍して21試合3ゴール。昨季無所属を経て今季は三部のMSKロミンタ・ゴウタプで9番を背負う。11月21日エウク戦、今季7得点目のゴール。ロシア・カリーニングラード州との国境沿い、ワルシャワよりもリトアニアの首都ヴィリニュスの方が近い田舎街のクラブでプレーする若者もまたポーランドと日本の二重国籍を有する。

クラクフのユゼフ・ピウスツキ・スタディオン。芝の状態がポーランドの寒さを物語る。
クラクフのユゼフ・ピウスツキ・スタディオン。芝の状態がポーランドの寒さを物語る。


 今春フィンランドからロシアそしてバルト三国を陸路で抜けて、ポーランド入りの旅に想いを巡らせた。異国の厳しい環境で闘う若者が皆報われるわけではない。 いつかキムラダイジや脇野隼人のプレーを目の当たりにする日が来るのだろうかと。続》



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コメントコメント

ガブリエル

ガブリエル 

写真を見ているだけで、その時に行った気分になれます。今後も沢山写真がみたいです。

Yokozawa Yoshitaka

Yokozawa Yoshitaka 

ガブリエルさん
コメント有難うございます。 そう言っていただけると大変嬉しいです。私が書いているものは、自身の旅を振り返る雑記です。今後とも宜しくお願い致します。

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