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ドルトレヒトの新星が五輪代表の救世主となるポテンシャリティ 第四話/全六話)



開戦 ドルトレヒト対デンボス



 欧州各都市を流浪し観戦を繰り返すと、頑なまでに自国のスタイルに拘るオランダの現在が浮き彫りになる。
ジュピラーリーグ第12節FCドルトレヒトは、ホームスGNバウスタディオンにてデン・ボスと対峙した。互いに定番4-3-3のフォーメーション。右サイドバック(SB)に入ったファン・ウェルメスケルケン・際の対面は、今季ディナモ・ドレスデンから加入したゼアルデルースト。



17分自軍右サイドで際がマークにつく。中央に出されたパスをゴールに押し込んだのはデンボスの左ハーフだった。試合後のコメントでは「アレは(自分には)どうしようもないです」と表情すら変えない際。これはオランダのサッカーが(状況でゾーンを併用するとしても)基本マンマークで守ること。そして4-3-3のシステムに関係している。



三人のフォワード(FW)を四人でみる。オランダにおいてサイドバックのプライオリティは相手のウイングにドリブルで抜かれないこと。ここで負けてしまうとセンターバック(CB)の一枚が対応で剥がされ、残るCBは相手スピッツと一対一の状況になってしまうので、それだけは避けねばならない。

【ロングスローは五輪代表でも大きな武器になるはず】
【ロングスローは五輪代表でも大きな武器になるはず】


そこでこのデンボスのように二列目からの飛び出しが有効になるのだが奪われた先取点の責任は、マーカーのミッドフィルダーとCBにある。この日実は頭を負傷していながら際は、ロングボールをその頭で跳ね返すなど、体格で上回る相手に守備で奮闘した。

オランダのDFらしい”ベルギートリオ”



【トビーも今季から加わり、アヤクシートもトッテナムから目が離せない】

 サイドバックにセンターバックと同じ役割とスキルが求められるのもオランダの特徴だろう。かつて(2007~11年)アヤックスでプレーしたトーマス・ヴェルマーレン、ヤン・フェルトンゲン、トビ―・アルデルヴェイルトのベルギー代表トリオは三人ともクラブチームではセンター、代表ではサイドを兼任していた。吉田麻也がサイドで起用されても監督がロナルド・クーマンなのだから驚きはない。

【ゲンク・クルスタルアレナでの公開練習】

 ベルギー代表の最終ラインは精神的支柱コンパニを軸にこの三人のポジションが入れ替わっても特に問題はないはず。当時のアヤックスの左サイドバックといえば、エマヌエルソンとアニタ、小柄で本来オフェンシブハーフタイプの選手も起用されているので、敢えて釈明しておくとマルコ・ファン・バステンやマルティン・ヨルといったオランダ人指揮官は他国の長所を受け入れたハイブリッド型、脱旧オランダの志向が戦術に散見した。


【現在アタランタでプレーするウルビーも2013年にプレミアでフルハム在籍】

 プレミアのフルハムやトッテナム、ブンデスリーガのハンブルガーで名伯楽と讃えられたヨルは4-4-2のフォーメーションが好み。
2008年のユーロで代表監督を務めたファン・バステンは4-2-3-1をアヤックスでも用いたが、現役の晩年をイタリアで過ごした影響かもしれない。

【今季からADOデンハーグの役員に就任したマルティン・ヨル】

 この日の際のプレーは、1本のパスミスを除けば堅実で安定したパフォーマンス。しかし日本から観戦に訪れた旅行者にはモノ足りないと感じるのも事実。前述のSBとCBの関係に戻るが、オランダのCBは強靭な体格で相手FWとボールを跳ね返す屈強な“さきもり”であると同時に攻撃を組み立てるビルダーでありスターター。フィードの精度をはじめCBにもSBの資質が求められる。

最後尾だからこそ求められるショートパサーの”資質”



1995年オランダ人監督ハンス・オフトは、最後尾にジェラルド・ファネンブルグをコンバートした。前年の藤田俊哉に続き、この年名波浩が加入。攻撃的MFに駒が揃ったとはいえ、最後尾からのビルドアップがまず優先、その重要性を証明するエピソードであり筆者には衝撃的な出来事だった。ファネンブルグは86-93年までの7シーズンをPSVで過ごし、88年代表・クラブでの欧州二冠達成で名声を高めたことは否めないが正真正銘アックスユース出身。(下写真は移籍直前)類まれなセンスで興味の矛先をオランダとアヤックスに向けさせた一人。

Gerald Vanenburg of Ajax in 1986 (Photo by VI Images via Getty Images)
Gerald Vanenburg of Ajax in 1986 (Photo by VI Images via Getty Images)




 また効果的なオーバーラップからフリーで中央にボールを配給して見せ場もあったが回数は少ない。これも本人の問題ではなくオランダのスタイル。ドラッグと売春、同姓婚まで認め“自由の国“と形容される同国だがいずれの施策も秩序を守るための合法であり、狭く低い国土で暮らさざるを得ない歴史を起因とする効率性重視の国民性がフットボールにも反映されている。



 磐田時代のハンス・オフトは二つのご法度(禁止令)を掲げた。敵陣ペナルティエリア付近まではドリブル禁止。ボールはパスワークで運ぶもの。彼の言葉を引用するならば
「ボールは汗をかかない。人は汗をかく。人は疲れるがボールを疲れない。効率性を考えれば、ボールと人どちらが走るべきか・・・」
答えは明白である。
 基本的にポジションチェンジも禁止。70年代にアヤックスから代表へと進化を遂げたトータルフットボールは渦を巻くようなポジションチェンジと表現され、二千年代後半のペップ・バルサやスペイン代表もその系譜を継ぐ。しかしそれはあくまで最上級レベルであって基本レベルで重要視するのは適切なポジショニング。バランスを崩すポジションチェンジを育成年代では禁止する。92年オフトが日本代表の練習に、オランダユース年代のメソッドを用いているがジュビロ磐田でも同様の手法。同時期にファン・ハールがアヤックスで激しくポジションチェンジをするフットボールで欧州・世界を制したが、動画の入手が現在に比べて困難な時代。
オランダフットボールにおけるポジションチェンジの概念は頭も混乱させるので別稿で取り上げたい。



 オランダでは各ポジションに明確なプレイエリア分けをしたうえでナンバーで表現する。従ってSBがオーバーラップして数的優位の状況をつくる意識は薄い。オーバーラップしてもボールが入らない時は頻繁にある。俗に言う無駄走り。効率性を重んじるオランダでは無駄走りは不要だと考える。人間のスタミナは無限ではない。一列前のハーフ、更にウイングの選手が連動してスペースを空けてくれなければSBが上がる事すらままならない。



上がった裏のスペースを突かれれば致命傷であり、既に前線の選手間で構築された連携を崩すリスクも伴う。SBのオーバーラップに対して的確でより高度な状況判断が要求されるお国柄だ。



 この日の際の動きを視てオランダならではの窮屈さのようなものを感じるのは筆者の意見であって、際本人はこのスタイルに納得することで、既に順応できており試合後本人の言葉からも伝わってきた。



 繰り返しになるが、オランダのSBに優先されるのはウイングに負けないこと。この日際が見せたスプリント能力と判断の速さで、対面に競り負け突破されるシーンは無かった。監督や地元ファンの評価が高いのも頷ける。試合後地元キッズにサインをせがまれ丁寧に応対する姿は見ていて微笑ましい。



 オランダのファンは一対一の局面勝負を好む。これは地理的に近いイングランドとも共通する。
そして距離と角度を追及するポジショニングのバランス重視。細やかな決め事があってあのオランダフットボール最大の魅力である独特の高い最終ライン設定は成り立つ。



試合終了と同時に予想は確信へと変わろうとしていた。

続)





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