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サンフレッチェ広島に舞い降りた”待ち人”ドウグラスと”瀬戸内海サッカー”の勃興

”待ち人”ドウグラスがいたシーズン
 元ブラジル代表MFリバウドを想起


(写真の)リーグ最終戦はハットトリック、クラブW杯3位決定戦ではアジア王者の広州恒大に2ゴールなど、チーム最多のリーグ戦21ゴール以上に印象的な得点が多いドウグラス。 Photo by Getty Images
(写真の)リーグ最終戦はハットトリック、クラブW杯3位決定戦ではアジア王者の広州恒大に2ゴールなど、チーム最多のリーグ戦21ゴール以上に印象的な得点が多いドウグラス。 Photo by Getty Images

 昨年のJリーグを制覇したサンフレッチェ広島。リーグ最多得点(73)・最少失点(30)を記録しながら、J1リーグが18チーム制になって以降の歴代最多勝点74という記録まで作った。その強いサンフレッチェを牽引したのは、チーム主将でシーズン最優秀選手にも輝いたMF青山敏弘であるのは間違いない。

 しかし、高萩洋次郎(現・FCソウル/韓国)と石原直樹(現・浦和レッズ)が抜けたシャドーに定着し、リーグ得点ランキング2位でチーム最多の21ゴールを記録したドウグラス(現・アルアイン/UAE)の活躍抜きには2015年シーズンのサンフレッチェの快進撃はなかったかもしれない。

 彼のミドルシュートの精度やシュート力はもちろん、ミドルシュートに持ち込むフォームやそのレンジ、角度、背格好までが元ブラジル代表で2002年の日韓W杯優勝に貢献したFWリバウドに被った。そして、ゴールパフォーマンスはドウグラス本人が公言する通り、ルイス・ファビアーノ(現・天津権健/中国の元ブラジル代表FW)だ。大袈裟ではなく、彼の存在感の大きさは途中出場で2ゴールを挙げて世界3位の座を獲得したFIFAクラブW杯の3位決定戦での広州恒大(中国)戦まで異彩を放っていた。

 力強いヘディングやフィジカルを武器にしながらスピードも兼備するという既存の選手にはない特徴を持ったドウグラスは、サンフレッチェにとって”待ち人”だったのかもしれない。

 本稿はそんな「たった1年だけ広島に舞い降りた天使のような存在」であるドウグラスについてのテキストだ。
1999年度には世界最優秀選手に輝いたリバウド。筆者にとってはドウグラスは彼を想起させた。 Photo by Getty Images
1999年度には世界最優秀選手に輝いたリバウド。筆者にとってはドウグラスは彼を想起させた。 Photo by Getty Images

J1無得点の実績に大きな期待はなくも、
 適正を見抜いていた広島フロントの慧眼


広島加入前はJ1で無得点だったドウグラス。 Photo by Getty Images
広島加入前はJ1で無得点だったドウグラス。 Photo by Getty Images

 しかし、彼は2010年7月に当時J2に所属していた徳島ヴォルティスに加入してから6シーズン目になる昨季までJ1で得点を記録した事がない選手だった。それゆえ、サンフレッチェへ加入した2015年シーズンもリーグ開幕から3試合連続のベンチスタート。決して大きな期待を受けていたわけではなかった。

 徳島が悲願の四国勢クラブ初のJ1昇格を果たす2013年シーズンこそ、ドウグラスはJ2で12ゴールを挙げたが、チームでは津田知宏がエースFWとしてプレーしており、ドウグラスが絶対的なFWというわけではなかった。そして、2014年シーズンに初めてのJ1を経験したドウグラスはシーズン前半戦で先発にも定着できず、13試合の出場で無得点に終わった。そして、シーズン開幕から最下位を独走した徳島からシーズン途中にJ2・京都サンガへ期限付き移籍。戦力外扱いとなって放出されたのだ。

 京都でプレーした半年間でもJ2リーグで17試合出場5ゴールという助っ人FWにしては凡庸な成績だったドウグラスだが、彼はそこで新たなプレースタイルを体得しつつあった。「ドグ(ドウグラスの愛称)をシャドーにフィットさせた」という当時の京都・川勝良一監督はトップ下やシャドーとしてドウグラスを起用していたのだ。

 徳島では184cm80kgという屈強な身体を活かしたポストプレーヤーとして期待されていたドウグラスだったが、クロスからのヘディングシュートによる豪快な得点はあっても、前線で孤立する中で前を向くプレーや独力で打開していく迫力は持ち合わせていなかった。それを知っていた川勝監督はトップ下に適正を見出していた。そして、それは2013年の夏にも獲得オファーを出していたサンフレッチェのフロント側もチェックしていたのだ。

 2015年、ドウグラスは大きな期待を受けてサンフレッチェへやって来たわけではなかったかもしれないが、クラブは彼の適正を見抜いていた。そして、それは実際にシャドーに定着させた森保一監督も同じだろう。チームに同じようなストロングポイントを持った選手がいなかった事も、彼を獲得した大きな要因だった。

大きかった元同僚・柴崎との再会
 悲願の四国勢J1初昇格を牽引した2人


ドウグラスの活躍には徳島時代からの同僚・柴崎(真ん中右側)の姿が常にあった。 Photo by Getty Images
ドウグラスの活躍には徳島時代からの同僚・柴崎(真ん中右側)の姿が常にあった。 Photo by Getty Images

 しかし、ドウグラスはサンフレッチェへやって来た時、Jリーグでも特有のシステム<3-4-2-1>の可変型フォーメーションを採用する”広島スタイル”にフィットするのにも苦労した。阿吽の呼吸に基づいたワンタッチパスの連続によるコンビネーション攻撃にも上手く絡めない。開幕からシャドーの先発にはチーム生え抜きのベテランMF森崎浩司と、リオディジャネイロ五輪出場を目指していた当時のU22日本代表FW浅野拓磨が担っていたし、浅野と同じくU22日本代表で同期のMF野津田岳人にもブレイクの予感がプンプン匂っていた。

 ただ、そんな時に救いだったのは、徳島でJ1昇格を勝ち取った2013年シーズンにチームメートとしてプレーしたMF柴崎晃誠の存在だったはずだ。2013年に柴崎は1年だけ徳島でプレーし、トップ下やサイドMF、ボランチなど中盤ならどこでもこなす大車輪の活躍を見せてJ1昇格に大きく貢献した。どこで起用されても、彼の役割は司令塔であり、1トップや2トップの1角としてプレーするFWドウグラスを操った。

 2014年、徳島での大活躍を評価された柴崎は、2012年と2013年のJ1リーグを連覇していたサンフレッチェに引き抜かれた。そして1年経った2015年、柴崎とドウグラスは広島で再会した。ただ、徳島悲願のJ1昇格の立役者であるホットラインもサンフレッチェでは苦戦していた。柴崎はボランチとしては1年目で失格の烙印を押された形、ドウグラスも前述のようにベンチスタートだった。

 それでもその苦悩を糧として成長を見せる2人は、森崎浩司の負傷や浅野の度重なるU22代表招集でトレーニングに参加できない時期にアピール。ボランチだった柴崎、FWだったドウグラスが共にシャドーで先発起用されたのが第1ステージの第6節・FC東京戦だった。まだ日本代表FW武藤嘉紀(現・マインツ/ドイツ)がいた当時のFC東京は首位を快走していた。しかも開始1分も経たないうちに先制された。イタリア人知将・マッシモ・フィッカデンティ監督が作り上げた緻密な守備組織により、2015年シーズンのFC東京は先制点を挙げれば17勝1敗だったが、その1敗がこの日だった。この時期の柴崎とドウグラスは完全にチームにフィットしてはいなかったかもしれないが、2人の間での連携には阿吽の呼吸と信頼感が出来上がっていた。結果として、この試合はドウグラスのアシストで柴崎が同点弾を挙げ、途中出場の浅野がJリーグ初ゴールとなる逆転弾を決めて勝利した。”新シャドーコンビ”の柴崎&ドウグラス、”スーパーサブ”浅野が確立されたのだった。

 昨年までのシャドーコンビである高萩と石原も、もともとはボランチとFWだった。トップ下のイメージが強い高萩はユース時代に展開力のある3列目の選手だったし、石原も大宮アルディージャ時代までは点取り屋としてプレーしていた。柴崎とドウグラスは彼等とはまた違ったタイプだが、コンビとしての補完関係は似ているのかもしれない。

「瀬戸内海サッカーの勃興」
 ドウグラス、高萩、森脇etc...を育てる


今年のACLで広島と同組となったFCソウルに所属する高萩。彼もまた”瀬戸内海”が育てた選手だ。 Photo by Getty Images
今年のACLで広島と同組となったFCソウルに所属する高萩。彼もまた”瀬戸内海”が育てた選手だ。 Photo by Getty Images

 徳島のサポーターは悲願のJ1昇格を牽引した柴崎とドウグラスがサンフレッチェのJ1制覇に大きく貢献している姿を温かく見守ってくれているかもしれない。または、「そりゃあ、あの2人が組めば強いよ」とも思っているかもしれない。

 思えば、柴崎とドウグラスだけではない。徳島がJ1昇格を果たした2013年シーズン、サンフレッチェ広島からレンタル移籍したMF大﨑敦矢も41試合に出場して8ゴールを挙げ、昇格に貢献している。その後、彼は徳島に完全移籍になり、2015年からは背番号10を背負っている。

 そして、サンフレッチェのリーグ初制覇に貢献したDF森脇良太(現・浦和レッズ)と連覇に貢献したMF高萩。共に日本代表に選出されるまでに至った2人は愛媛FCへのレンタル移籍からプロとしての実績を作り上げた選手だ。

 2012、2013、2015年と直近の4シーズンで3度のリーグ制覇を果たしたサンフレッチェ広島。2013年にJ2で4位に入ってJ1昇格プレーオフを勝ち抜き、悲願のJ1昇格を果たした徳島ヴォルティス。J1昇格プレーオフで敗退したものの、クラブ史上最高位の5位入賞した2015年の愛媛FCの快進撃。

 これらは全て”瀬戸内海サッカーによる勝利”と言えるのかもしれない。いや、「サッカー不毛の地」とされる四国や瀬戸内地域の勃興だ。

 そして、もともとは愛媛FCのセカンドチームだったFC今治では岡田武史元日本代表監督がオーナーとなって、「日本サッカーの日本化」をリアルに実現する取り組みを始めて注目を集めている。トップチームの監督はサンフレッチェ史上初の日本人監督となった木村孝洋氏だ。

 サンフレッチェのJリーグ優勝、FIFAクラブW杯3位入賞だけでなく、上記したような瀬戸内海サッカーの躍進を思い起こしてくれたドウグラスには本当に感謝したい。

 「日本大好き」という外国籍選手はJリーグも当然多くいるが、「好きな日本食は?」と言えば、トンカツやカツ丼、天丼、牛丼のような日本食とはいえ味の濃いモノがよく挙げられる。そんな中、「うどん大好き」で、夏の暑い時期でも温かいうどんを頬張るドウグラスが筆者は大好きだ。(FW/DF盛田剛平<現・ヴァンフォーレ甲府>がサンフレッチェに所属している時期に加入していれば、ラーメン好きになっていたかもしれないが・・・。)

 サンキュー!!ドグ!!

 ドグはサンフレッチェにたった1年舞い降りた「天使」のような存在でした。

 2003年にはAFCアジアチャンピオンズリーグを制覇したUAEの名門クラブであるアル・アインに移籍したドグはすでに1月23日に行われた国内リーグで初先発初得点を記録。下記の動画に映るチームメイトの背番号10番は、昨年のアジアカップで3位へ導いた天才肌のMFオマル・アブドゥルラフマン。今年のACLにも出場するアル・アインは良い意味で中東らしくなく、テクニカルな好チームとなるかもしれない。東アジア勢とは決勝まで対戦できないレギュレーションだが、ドグやオマルの活躍によるアル・アインの活躍にも期待して本稿を締めたいと思います。

 サンキュー!!ドグ!!我々はドグが大好きです!!

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コメントコメント

yugo

yugo 

広島を中心に瀬戸内海勢の躍進。とても面白い切り口だと思いました。

hirobrown

hirobrown 

yugoさん、コメント有難うございます。もうサッカー不毛の地ではないですよね!?

山本 衆平

山本 衆平 

行ってしまいましたね。本人も飛躍のクラブになったので、特別な思いがあるのではないでしょうか。またACLなどで対戦する楽しみが増えました。

hirobrown

hirobrown 

山本衆平さん、コメント有難うございます。ACLで相手クラブにJリーグOBがいるのは誇らしいですね。そういうのもある意味ではアジアをリードする上では必要な事かもしれませんね。

ガブリエル

ガブリエル 

もうすぐ記事数が100本になりますね。いつもボリュームがありながら、この記事本数。頭が下がります。これからも楽しみにしています。

hirobrown

hirobrown 

ガブリエルさん、コメント有難うございます。そうですね、でもまだ今年に入って5本ですが・・・。またお願い致します。

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