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日本対韓国戦、勝者の次なるステップ-櫛引政敏にみるGKの可能性-

Photo by Getty Images
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勝って兜の緒を締めよ


 日本のことわざに「勝って兜の緒を締めよ」という文言がある。このことわざには「戦いに勝っても、安心して気をゆるめず、気持ちを引き締めて物事をするべきだ」という戒めの意味が込められている。

 周知のように、U-23日本代表がU-23韓国代表を撃沈して勝利を収めた。それも、AFC U-23選手権カタール2016決勝戦の場面。2点のビハインドから後半になって一気に3点を入れての逆転勝ち。A代表の戦いを含めて、このような状況下で展開した日韓戦を見た記憶がない。チーム一丸となって挑んだ、劇的で感動的な優勝。当然、多くのファンやメディアは、賛辞の言葉を若き選手たちに贈る。

 戦いに勝利するとうのは、人の心に安心と安堵を提供する。一つの勝利によって、この先もいろんなことがポジティブに進んでいくと考える。たとえば「本大会になったらあの選手は今よりももっと成長するだろうから安心だ」と。でも、そんなことが本当にあるのだろうか? それは、勝利がもたらす確信というよりも、願望に近い類のものだろう。

「勝って兜の緒を締めよ」。
 このことわざの意味を、劇的な勝利から一夜明けたこの時こそ、よく噛みしめるべきだ、と筆者は思う。なぜならば、U-23のこの大会に出場していた国々のレベルは、J1リーグよりもはるかに劣っている事実がある。大活躍を遂げたU-23日本代表の若き選手たちとて、Jリーグに帰ってきてもレギュラーとして出場できるかどうか微妙な立場に置かれる選手たちであるという事実がある。気持ちを引き締めて、事象を見ていかないとならない。

 このコラムでは、何度もファインセーブでチームの危機を救ったゴールキーパーの櫛引政敏(鹿島アントラーズ)のプレーを取り上げる。なぜGKにフォーカスするのかと言えば、日本サッカーのあらゆるポジションの中で、普及と発展が一番遅れているからである。GKのレベルアップこそ、日本サッカー界が取り組むべき課題だ。そこで、GKのプレーを解説するために、アルビレックス新潟ユースやU-20ホンジュラス代表でGKコーチを務めた山野陽嗣に話をうかがった。

 それでは、櫛引のGKとしての「伸ばすべき点」と「改善すべき点」をピックアップしながら話を進めることにする。

大会での櫛引の評価は正当なのか?


Photo by Getty Images
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 大会を通して櫛引の評価がとても高い。確かに、彼のセーブがなければ失点していた場面が何度もあった。「この大会で覚醒した」という言葉までコラムで見かけた。大活躍したことは本当のことなのだが、筆者には、一つの疑問が湧き出ている。Jリーグでプレーする彼と、この大会でプレーする彼に変化が大きくあったのではなく、Jリーグと今大会のサッカーのレベルが違っていたので、ファインセーブが何度もあったのではないのか、という疑問である。つまり、試合のレベルが下がったから、セーブできた機会も増えたのではないのか、ということである。

 こうした質問を筆者は山野に向けた。彼は次のように答えた。
「櫛引をA代表へという話も見たりします。正直に感じた感想は、一般的に見られる意見とは真逆です。清水(エスパルス)の時と本質的には変わっていない。五輪予選もJリーグでのプレーもほとんど同じ。オリンピック・アジア予選よりもJリーグの方がレベルの面で高いので、J1リーグではやられたような似た場面でも、アジア予選ではやられなかったということです。今大会で彼のよさが出たのは、メンタルの面で気持ちの切り替えが早いということです。GKは、得点を決められてしまうポジションだと言えます。どんな優秀なGKであっても相手がフリーならば決められる確率が高くなってしまう。ある意味で失点を宿命づけられているGKが、失点後にどんな態度を取るのかでチームの勢いを左右することがあります。今大会の櫛引は、失点後も落ち込んだ様子を見せず、誰よりも早く切り換えて味方を鼓舞した。イラク戦で見せた櫛引の失点後のこの前向きな姿勢が、彼自身のその後の好セーブとチームの勝利に繋がったと僕は考えます。勝敗を分けた重要な要素でした」。

 GKとしてのメンタル面は申し分がなく、失点後も下を向かずに「これから」と声を張り上げていた姿があった。では、GKとしてのスキルの面は具体的にどうなのだろうか。「伸ばすべき点」と「改善すべき点」をそれぞれ2点挙げてもらう。

GKとして「伸ばすべき点」とは何か?


 櫛引の「伸ばすべき点」について、山野はこのように説明する。

(伸ばすべき点=1)
「リアクションのスピードは早いんです。たとえば、ミドルシュートを相手が打とうとしている。GKは静止してボールを視界に捉える。止まってポジショニングしている際に、GKの視界に入るミドルシュートへの反応はとても早い」

 櫛引が、イラク戦や韓国戦で相手のミドルシュートをはじき返すシーンを目撃している。プレーの流れとして、次のようになる。「静止してポジショニングしている」→「ボールが視界に入る」→「相手がシュートを打ってくる」→「コースを見極めて体重を移動する」→「シュートを弾き出す」。プレーを文字に起こすとスローになるが、この流れを一瞬にして行う点が櫛引のGKとしての伸ばすべき点の一つである。

 さらに、山野はこの点を指摘する。

(伸ばすべき点=2)
「イラク戦、韓国戦であったミドルシュートの場面。どちらも重いシュートだったけれども、櫛引は重さに負けないで弾き飛ばせる。日本のGKは、どちらかと言うと、重いシュートに負けてゴールされるケースがあります。櫛引は、重いシュートに対して確実に外に弾き出せる強さがあります」。

「改善すべき点」については、筆者が考えていたものと山野の意見は一致した。それは、「フィード」についてである。

GKとして「改善すべき点」とは何か?


(改善すべき点1)
「キックのミスが多いんです。たとえば、韓国戦では開始8分に蹴ったボールがタッチラインを超えてアウトボールになっていた。タイ戦では4回ミスキックがあった。キックしたボールがピッチのセンターライン前で相手にダイレクトに渡ったんです。そのうちの2回はペナルティエリアまで攻め込まれた。Jリーグならば得点を決められている場面」

 山野が指摘した通り、今大会何度か見られたキックミスの場面。タイ戦での出来事。櫛引が味方のバックパスに対して右足でボールを受ける。タイの選手が櫛引から見て右サイド(室屋成のポジション)へのパスコースを遮ろうとしながらプレスにくる。櫛引はボールを左足に置き換えてキックした。この試合以外にも、何本か利き足でない左足で蹴ってのミスキックがあった。GKのキックミスは無償で相手にボールを渡すようなもので、本番の五輪であったなら失点に直結してもおかしくない場面だった。

(改善すべき点2)
 DFラインの裏にボールがきたとき、GKがどのタイミングで前に出るか出ないのかの判断が難しい。中央から縦へとDFラインの裏に出されたならば、パスを出す選手がGKの視界に入る。走り込んで来る相手選手も見ることができる。でも、これがサイドからゴールエリア付近へハイボールを上げられた時に、どのタイミングで前に出るのか出ないのかの判断が最も難しい。さらに、ハイボールだけではなく、グラウンダーのパスも含め、サイドからのボールへの対応は難しいものとなる。

 山野は、櫛引のポジショニングのズレに言及する。
「櫛引の場合、飛び出すタイミングは今大会に関してはいい。Jリーグにおいては改善しないとならない点があるんですが。ただし、ボールへの寄せが遅いんです。たとえば、サイドからカットインして選手が中に入ってくる。GKは始めに中に入ってくる選手に合わせてポジショニングをします。そして、選手の動きに合わせてGKはポジションを修正しないとならない。相手の動きが早かったり、クロスのボールが早かったりした時、櫛引のポジショニングにズレが生まれるケースがしばしばあるんです。これは今大会もそうですし、Jリーグでもそうでした。ポジショニングにズレが出ると、結果として失点に結びつく」

韓国戦の2失点目を防ぐ手立てはあったのか?


 韓国戦で見られた2失点目の場面。後半早々に日本はシステムを変更する。4-4-2のボックス型から4-3-3(あるいは4-5-1)にチェンジして、韓国のシステムとマッチアップさせる形を作ってきた。つまり、日本の選手と韓国の選手が、それぞれに対面する組み合わせになる。

 話題の失点の場面は、ペナルティエリア内とその付近に日本の選手が6人で韓国の選手は4人だった。少なくとも6対4で数的優位の立場にいた。失点を招いた直接の要因は、DF岩波拓也がチン・ソンウのマークを外したことなのだが、あの場面でGKとしてベストの対処の仕方はなかったのだろうか、と考える。もちろん、失点に直接関係のない櫛引なのだが、なにか防ぎようがなかったのかと何度も場面をリプレーして観察して見た。失点の場面を振り替えてみる。

 日本から見て左サイドからグラウンダーでボールがペナルティエリア中央に送られる。最初にチン・ソンウにボールが渡る。その時に、櫛引のポイジショニングは、チン・ソンウと直線の位置にいる。ここまでは正確なポジショニングだ。そして、チン・ソンウが反転してシュートを打つ動作に入る。櫛引の動きを見れば、彼はファーサイドの方に動いている。つまり、日本から見たら右方向になる。チン・ソンウが足を振り切った時には、櫛引の体重は右足にかかっていて、左側に打たれたシュートに反応することができなかった。この一連の動作は、櫛引の判断が遅かったのか、それとも右側にシュートがくると直感的な判断からのプレーだったのか。つまり、山野が指摘したサイドからくるボールへの判断の遅さがうかがえた場面だったのではないのか、ということである。

「シュートを打たれる時には、両足をきちんと地面につけて、左右どちらにボールがきても反応できる準備をしていないといけない。いいポジショニングをとっていないと、サイドからくるボールに対するポジショニングがズレしまうんです。まずはじっと止まっている。動いていると反応できない」と山野は説明する。

 以上が、大会を通して、櫛引のプレーに見られた「伸ばすべき点」と「改善すべき点」である。あえて、このようなテーマに踏み込んだのは、たとえ、五輪にオーバーエイジでGKを呼んだとしても、誰か他に適任者がいるのかと見渡した時に、若いGKを育てることに重点を置く方がベストな選択ではないのかと考えたからである。そのために、櫛引にはもっと成長してもらわないとならない。彼の可能性を最大限に発揮してほしいと願っている。

 オーバーエイジに関して山野は「大会の目的として、選手を成長させる場と考えるのか、あるいは勝たなければ意味がないと考えるのかによってオーバーエイジの選択は変わってくると思うんです。オーバーエイジは誰がいいのかと言えば、国際大会の中で違いを見せられるGKは日本にいるのか、と考えた場合、誰かこの選手だと言える選手はいますか? 僕の考えでは、いないんです。ならば、櫛引を中心に若い選手に成長の場を提供すると考えた方がいいのではないか、と今は考えています」と述べた。

 コラムのタイトルにあるように、勝者となった日本の次なるステップは、GKがどれだけ成長してくるかにかかっている、と言っても過言ではない。

文/川本梅花

プロフィール
山野陽嗣
1979年12月14日生まれ 広島県出身
立正大卒業後、Palm Beach Pumas(米国)、CD Lenca(ホンジュラス)などでプレー。GKコーチとしては、立正大学、アルビレックス新潟シンガポール(GKコーチ兼選手)、アルビレックス新潟ユース、Real Sociedad(以下、ホンジュラス)、Parrillas One、Real Sociedad、U-20ホンジュラス代表(U-15ホンジュラス代表GKコーチ兼任)。 アルビレックス新潟シンガポールGKコーチ時代にはリーグ杯に優勝しクラブ史上初タイトル獲得。Real Sociedad GKコーチ時代には1部昇格1年目のチームをリーグ最少失点と準優勝に導く。U-20ホンジュラス代表GKコーチ時代にはU-20W杯ニュージーランド大会2015中米予選突破。日本人初のホンジュラスサッカー協会公認プロGKコーチングライセンス取得。日本では数少ない「GK」に特化し、日本代表やJリーグのGKの「一般のファンの方には分かり難い」失点やミスの原因、好プレーの要因などを分析、また海外のGKの分析も行い日本のGKとの「違い」「差」を分かり易く解説する。日本から世界トップレベルのGKを輩出する事を目標に、出張GK指導やGK練習会などのGK専門事業を全国で手掛けている。

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