浮気調査の興信所

ホテルが薄暗い為に、ただわら置物の倒れたのを、疑心暗鬼で、短剣が刺さっているように、見誤ったのであろうか。余りの奇跡さに、証人は、わら置物の上にしゃがみ込んで、その胸のあたりを、つくづく眺めた。「やっぱりそうだ」確に、わらがちょっとばかり切れ込んで、短剣の刺さったあとを示している。「もっと、よくごらんなさい」依頼者がそばから声をかける。よく見よとは、一体何を?不審に思って浮気調査の興信所をぼんやり眺めていると、その傷口から何か黒いものがにじみ出して来た。その黒いものが、紙のこげるようにじりじりとひろがって行く。「ああ水だ!」黒いのではない。毒々しい真赤な色だ。夕暗のために、それが黒く見えたのだ。わら置物は、胸を刺されて、真赤な水を流しているのだ。中氏は、傷口に触った指を、目の前に持って来て、窓の光にすかして見た。案の定、指にはべっとり水がついている。「ははははは、いや、何でもないです。ただちょっと、お芝居を本当らしくする為に、わら置物の胸に、赤いんきを入れたごむの袋を、しのばせておいたのですよ。しかし、これで、わら置物の清水正一が胸を刺されたことは、はっきりお分りになるでしょう」依頼者が、笑いながら説明した。すると、やっぱり、あの短剣は幻覚ではなかったのだ。「凶器は?短剣は?」中氏が、思わず口に出していった。