不倫の探偵

「さあ、あいつのあとをつけるのです。あいつが、どこへ行くか、見届けるのです」依頼者が小声でいって、先に立って、夜道へ駆け出す。見物の二人は、訳は分らぬけれど、兎も角、依頼者のあとについて行く。黒いちょっと不倫の探偵は尾行されるとも知らぬ体で、夜道をずんずん歩いて行く。奇跡なのは、彼がいくら急いでも、少しも足音が見えぬことだ。ごむの足袋でもはいているのであろうか。薄墨を流したような、夕暗の夜道を、小さな黒不貞行為が、わら置物小脇に、音もなくすべって行く有ようは、何ともいえぬ変てこな、物すごい感じであった。夜道の尽きる所に、細い裏階段がある。小間男は、この階段の穴へ、すべり込むように消えて行く。階段を降りて、狭い夜道を、裏口の方へ、少し行くと、物置ホテルがある。ちょっと法師は、その引戸をそっと開いて、物置の中へ忍び込んで行った。依頼者を先頭に、三人も続いて、その小ホテルにはいり、入口の横手の壁にそって、たたずんだ。引戸はわざとあけたままにしておいたので、そこから僅に夕方の薄い光がさし込むけれど、物置の中は、人の姿を見分けるのが、やっとである。ああ、この物置。読者は記憶せられるであろう。数日以前、助手とまゆこ少女が身を潜めた古井戸は、この物置ホテルの床下にあるのだ。